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環境先進国カナダ

環境省25年の歩みと実績


1996年6月11日カナダ環境省は 1996年6月11日カナダ環境省は、1971年6月11日に連邦政府の機関となって以来25周年目を迎えた。
国家として公式に環境省を設置した国としては、フランスについで2番目である。

大気環境管理、環境保護、漁業管理、土地・森林・野生生物管理、水質管理の、5つの各機関から成っている。

設立以来、「カナダ環境保護法」「五大湖水質保全条約(対アメリカ)」「モントリ オール協約(オゾン層保護)」「セントローレンス川行動計画」「北米水鳥保護計画」など、多くの重要な決定を行っている。

また1996年は、カナダで気象予報サービスが開始されてから125年目の年でもある。

毎日の天気予報、嵐などの災害警報、スモッグ警報、最近ではUV(紫外線)指標など、幅広い分野での環境サービスを実施している。





1971年(昭和46年)

6月11日
ホン・ジャック・ディビスが初代環境大臣に任命される。
  1. 気象 予報サービスが運輸省から、
  2. 大気汚染管理サービスが保健・社会福祉部門から、
  3. 水質管理がエネルギー・鉱山・資源部門から、
  4. 野生生物保護部門がインディアン・北部地 域管轄部門から、
それぞれ「環境省」に移される。
同 大気環境管理(AES)、環境保護(EPS)、漁業管理、土地・森林・野生生物管理、水質管理の5部門のサービスを開始する。
6月23日
「大気浄化法」が英王室に承認される。
10月20日
環境大臣がカナダ化学製品協会に対して、「汚した者は、賠償しなければならない。」と発言。
10月29日
AES本部が公式に業務開始。



1972年(昭和47年)

3月
「アメリカ環境省」に対して「カナダ環境諮問協議会」が設立される。
5月5日
新たに、「内陸部水質管理センター」がオンタリオ州、バーリントンに開設される。
6月5〜16日
ストックホルムで開催された国連のヒューマンセツルメント会議にジャック・デービス率いるカナダ代表団が参加。
26の主な国際規約が宣言された。



1973年(昭和48年)

1月1日
「環境省」が、「海洋・漁業」と「環境」の2つのおもな部門に再編成される。
12月日
フレッド・ルーツ博士が科学顧問に任命される。
12月20日
連邦政府は環境保護を確固としたものにするために、立案の初めの段階を考慮に入れたカナダ初の「環境査定の手順」を定める。



1974年(昭和49年)

4月1日
「連邦環境アセスメント評議会」を設立。
8月8日
ジーン・ソーブが2代目の環境大臣に就任する。
ロメオ・ルブランが漁業大臣に任命される。
2言語での気象予報サービスがオンタリオ、ケベックなど大西洋諸州で始まる。
サスカッチワン州で“冷え込み予報”開始。



1975年(昭和50年)

1月
「国家財政委員会」は、「環境省」が各州に「水質監視委員会」を設けることに同意。
12月2日
「環境汚染物質法」が英王室の承認を得る。
12月15日
「海洋投棄法」により、危険及び有害物質の海洋投棄が規制される。



1976年(昭和51年)

9月14日
ロメオ・マーチャンド環境兼漁業相に就任。
VHF天気予報がモントリオールとバンクーバーで試験的に開始される。
気象無線システムのスタートである。



1977年(昭和52年)

1月1日
カナダは漁業水域を200マイルに拡大する。
2月
環境大臣が持っていた環境アセスメントの承認権が、民間から選ばれた委員会のメンバーに移行される。



1978年(昭和53年)

4月24日
農作物、水源、土地開発等への影響が大である、との世論の高まりに答えて、「カナダ気象センター」が設立される。



1979年(昭和54年)

4月1日
「カナダ森林サービス」が専任の大臣を擁する独立した機関になる。
連邦及び州政府と民間が合併して、東西の各林業研究所が非営利の組織、「フォリンテック・カナダ・コーポレーション」になる。
4月2日
政府の行政改革法により、「漁業・海洋省」が設立される。
大臣のもつ義務、権力、機能が以下の事柄を含むように変更される。
「連邦政府によって新たに計画されるプランは立案の初めの段階で、またはすでに着手されているプランにおいても、それから予想される自然環境への影響を考慮しなければならない。」
6月5日
「カナダ公園局」が環境省に移される。



1980年(昭和55年)

8月11日
「環境管理サービス」が「環境保護サービス」になる。



1982年(昭和57年)

6月
ジョン・ロバート大臣が「酸性雨キャラバン」を率いてオンタリオ、ケベック、米国を歴訪。
酸性雨の阻止の必要性を訴える。



1984年(昭和59年)

6月21日
連邦政府は「環境査定及び検査手順のガイドライン」を発布。
「連邦環境査定・検査局」を開設。
9月17日
「カナダ森林サービス」が「カナダ農業省」に移される。



1985年(昭和60年)

8月20日
カナダはオゾン層保護を宣言する「ウィーン協定」に同意する。



1986年(昭和61年)

5月
「北米水鳥保護計画」がカナダ、米国間で取り決められる。
生態系保護 により水鳥の数を増やす15年計画。
5月13日
初の海洋気象ブイがダグラス海峡に設置される。
5月15日
カナダ初の「環境報告書」が「環境省」及び「カナダ連邦統計局」より刊行される。
6月
カナダはオゾン層保護のための「ウィーン協定」の第一番目の批准国となる。
10月3日
「国立水文学研究所」が開設される。
12月
提出されていた「カナダ環境保護法」が国民の討議に委ねられた。



1987年(昭和62年)

9月
「モントリオール協約」によって「カナダはオゾン層を枯渇させる物質の使用を2000年までに50%に減らす。」ことを宣言する。
11月
「連邦水政策委員会」が早急な、地方自治体の水道料金徴収開始と、大量の“水の輸出”に反対する。
「改訂五大湖水質保全条約」を対米国と締結。



1988年(昭和63年)

6月
1億1、000万カナダドルの、「セントローレンス川5ヶ年行動計画」復活。
「カナダ環境保護法(CEPA)」が公布される。
8月23日
連邦と各州が、PCBの1993年以降不使用に同意。
9月
連邦、州、領、の各野生生物大臣が「全国絶滅危機生物復旧作戦(RENEW)」に同意。



1989年(昭和64年/平成元年)

3月
カナダは「危険物投棄に関する全地球会議」に調印する。
水源の近くへの排水は可能な限り浄化することに同意。
10月16日
5大湖の公害、有害物質と健康状態を調査する5ヶ年、1億2,500万カナダドルの計画が発表される。
12月
サスカッチワン州のアラメダダム訴訟に対する判決。
「環境査定及び検査手順のガイドライン法」は、自由裁量されるものではなく法律として適用され法廷の権限で強制されるものである。



1990年(平成2年)

3月21日
エコロゴ計画が明らかにされ、10の「環境にやさしい製品」にエコシールがつけられる。
6月18日
環境相が「カナダ環境アセスメント法案(C78法案)」を提出する。
8月30日
北極の環境保護のためにカナダ他7カ国が「国際極地科学委員会」を設立。
11月2日
連邦審議会がタンカーの安全航行のために石油タンカーの船底を二重にすることと、公害防止法を破ったタンカー所有者に重い罰を科すことを提言。
12月
「カナダグリーン計画」が公表される。
政府は6年に渡って30億カナダドルの資金を約束する。



1991年(平成3年)

2月25日
カナダ、米国、ヨーロッパの23国が「近隣諸国の環境に影響を与える可能性のあるいかなるプロジェクトについて、検討する取り決め」に調印する。
3月13日
「カナダ・米国大気保全合意」が交わされる。
6月1日
1億カナダドルの予算で、「フレーザー川事業計画」が発表される。



1992年(平成4年)

2月
連邦が「カナダ環境諮問協議会」の予算を省く。
3月
バンクーバーで2年毎に開催されている環境見本市&会議の「グローブ‘92(第2回目)」に74カ国から企業と政府関係者が参加。
環境関連事業は100億カナダドル産業であり、国内で5〜10万の雇用がある。
5月27日
UV=Ultra Violet Ray(紫外線)情報の提供開始。
屋外で過ごす時間を決める目安ができる。
6月
国連環境サミットがブラジル、リオデジャネイロで開かれる。
カナダは「生物の種の維持に関する協定」に調印する。



1993年(平成5年)

3月
環境省は自然環境及び健康に害のある178種の物質の排出に関して「全国公害元リスト」の作成を発表する。
モントリオールの「カナダ気象センター」は天気予報と大気の質の研究のために、スーパーコンピューターを購入する。
6月25日
「カナダ公園局」が新しく設けられた「カナダ遺産・記念省」に移される。
7月
環境省はヒューレット・パッカード社と、「リバーロード環境技術センター」で研究者によって開発された技術を交流させる、取り決めをかわした。
12月
環境省と各提携団体は3ヵ所の地方自治体技術センターを設立。



1994年(平成6年)

5月
カナダに新しく入ってきた化学物質に関する規約が発表される。
化学会社は規則の遵守を義務付けられる。
6月
50以上の国と国際機関がケベックシティーで開催された第一回目の「国際環境アセスメントサミット」に参加。
カナダはさらに「二酸化硫黄の排出を減らす協約」に調印する。
1980年の3分の1に減らしている。
10月6日
環境大臣は「カナダ環境アセスメント法」の下に規約集を発表。
免許、許可を得るためには連邦の各機関の命令に従う必要があることを明確にしている。
11月
環境省はインターネットにホームページ“グリーンレーン”を開設。
「太平洋環境科学センター」をバンクーバーに開設。
12月22日
連邦政府は、「カナダ環境アセスメント庁」を開設。



1995年(平成7年)

1月19日
「カナダ環境アセスメント法」が成立。
法令と規約は強制力を持つことになる。
2月20日
環境及びエネルギー大臣は、「天候調節行動計画=Climate change」を承認。
4月
「Greening Government Operations」の方針が承認される。
4月30日
先進7カ国の環境大臣がハミルトンで一堂に会する。
12月21日
研究機関が協力しあうことを取り決めた「連邦、BC州協定」が環境省の指導の下に結ばれる。



1996年(平成7年)

6月11日
カナダ環境省が連邦政府の機関となってから25周年を迎える。
9月19日
カナダは他の8カ国と共に、「極監視委員会」を設立する。
10月1日
環境大臣は、大気汚染を防ぐための「硫黄とディーゼルに関する規約」を発表。
10月31日
環境大臣は、「絶滅危機種保護法」を提出。
初めて国の全域を網羅した種の保存のための法令。
12月10日
環境大臣は環境と健康を汚染から守るために「カナダ環境保護法」をより今日的にし、かつ強化させた法令を示している。